昨年、41才という若さで急逝した流通ジャーナリスト金子哲雄氏の遺作。流通ジャーナリストとしてテレビに出演し、人気になるまでの物語や仕事哲学、闘病生活などが綴られている。
働く事とは何か、生きるとはどういう事かを改めて考えさせる作品。
■流通ジャーナリストの原点
3歳の時に、初めて一人で買い物に行かされた時から「安く買う」ことが大好きだった。我が家の教育方法はちょっと変わっていて、なんでも実地で経験させるというものだ。「まず疑って、そして自分で調べなさい」これが母の口癖だった。
当時はインターネットなんてない。だから、足を使って現場に赴くしか手がなかった。例えばテレビで「今、Aという店が流行っています」と報じると、実際、様々な行列を眺めに行った。この自分の足を使った現場主義は、流通ジャーナリストとしてテレビに出るようになっても、終生変わらないスタイルになった。
母の実地教育の最たるものは「お小遣い=買い物のお釣り」制度だった。母は、ギリギリの金額しか渡してくれない。必然的に安いモノを探す行脚が始まった。日課はチラシのチェック。さらに価格変動のグラフをノートにメモるようになった。そうすると、商品の平均価格や底値がわかってくる。Aというスーパーで最安値で売っているとわかると母に教えてあげた。母の「えらい!」といううれしそうな声と笑顔を今でも覚えている。
■「お刺身3点盛り398円」の哲学
スーパーで最初にチェックするのは、牛肉の値段だ。値段のトップとボトムをチェックする。実は、牛肉の値段の高い安いがその地域の商圏の経済力を端的にあらわしているからだ。一方で、鶏肉や豚肉は、山の手の田園調布も下町の北千住も値段がさほど変わらない。しかし牛肉は圧倒的に違う。
スーパーは当然、売れ筋を仕入れる。その地域の経済力が高ければ、当然、高い肉が売れる。田園調布ならば100g800円、庶民の街では100g298円といったところだ。そうすると、ここから不動産の値段も見えてくる。牛肉の値段でその地域の人々のお財布も見えてくる。
私は高級スーパーよりも、一般的なスーパーを重視する。正価で売られているお店をチェックしても、そこから経済や人の暮らしは見えてこない。スーパーが対象にしているのは「大衆」だ。
その一番いい例が「お刺身3点盛り398円」だろう。「398円」というのは絶妙な価格設定で、この値段なら「今晩のおかずに、刺身を出そうかしら」という気持ちになりやすい。例えば、598円や698円のセットならば「食べたい人が食べればいい」という事になってしまう。
スーパーの腕の見せ所は、いかに「398円」の中身を充実させるかだ。品質、鮮度、組み合わせ、見た目のボリュームはどうか。「お刺身3点盛り398円」は売り手と買い手双方が納得する「適正価格」なのだ。日本経済全体がハッピーになるための基本の考え方が、ここにある。スーパーの小商い、誰もが喜ぶ適正価格での販売が、経済を着実に回しているのだ。
この「3点盛り」は他の商品にも当てはまる。例えば週刊誌は350円という値段の中に、芸能、事件ニュース、生活実用、こうした3点をバランスよく盛り込めているかどうか。できていれば、その雑誌はお得に感じられるだろう。いろいろなものを見る際、「これはなんの3点盛りなんだろう?」と考えるのだ。すると、売り手の意図や流行が見えてくる。
私の役目は、どちらの側にも立たずに「適正価格はこうですよ」と情報発信していくことである。
著者 金子 哲雄
1971年生まれ。流通ジャーナリスト 株式会社ジャパンエナジーに勤務した後、流通ジャーナリストに。スーパー、コンビニから家電量販店、最新スポットまで、徹底した現場リサーチをもとにした分析とお得情報を発信した。独特の口調と親しみやすいキャラクターで人気を集め、テレビ・ラジオ・雑誌・講演会などで活躍。2012年10月、肺カルチノイドのため死去。享年41。
日経ビジネス |
日本経済新聞 サイエンスライター 竹内 薫 |
ビジネスブックマラソン 土井 英司 |
週刊 ダイヤモンド 2013年 2/2号 [雑誌] 八重洲ブックセンター八重洲本店 販売課リーダー 真田 泉 |
章名 | 開始 | 目安 | 重要度 |
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プロローグ 突然の宣告 | p.10 | 5分 | |
第1章 流通ジャーナリストと名乗って | p.19 | 13分 | |
第2章 昼も夜も時間が足りない | p.43 | 17分 | |
第3章 発病。あふれてしまう涙 | p.75 | 20分 | |
第4章 最後の仕事は死の準備 | p.113 | 17分 | |
エピローグ 生涯無休 | p.146 | 9分 |