ニコニコ動画、コミケ、AKB48、ボーカロイド、など、日本特有のサブカルチャーを解説しながら、現代の日本社会を考察した1冊。
■失われた20年の裏側で
世界にほこる「ものづくり」の技術と高い民度を誇る戦後日本、それゆえに21世紀の現在においては決定的な制度疲労を起こし、ゆるやかに壊死しつつある「高齢国家」日本という姿は、この国の「表の顔」いわば<昼の世界>の姿に過ぎない。
「失われた20年」と呼ばれるこの世紀の変わり目に、戦後的なものの呪縛から解き放たれたもう1つの日本が育ってきている。それはサブカルチャーやインターネットといった、新しい領域の世界だ。この陽の当たらない<夜の世界>こそ「失われた20年」の裏側で多様で、革新的なイノベーションとクリエイティビティを生み出してきた。
この<夜の世界>の生み出す新しい原理は、ソーシャルメディア、動画共有サイト、匿名掲示板、アニメ、アイドルといった「ガラパゴス」的だと言われる現代の日本的想像力である。これから先の世界はキリスト教的な文化基盤もなければ、西欧的な市民社会の伝統がないにも関わらず、民主主義を行使し、消費社会を謳歌する「日本のような」国が増えるため、現代の日本的想像力こそ21世紀のスタンダードになり得る。
■現代日本文化最大の論点「AKB48」
AKB48の源流は、秋元康が中核スタッフの1人として参加したアイドルグループ「おニャン子クラブ」である。おニャン子クラブのコンセプトはどこにでもいそうな、限りなく素人に近い女の子をプロデュースしてアイドルにしてしまう、というもの。メディアに「つくられた」存在ではない「素人」をそのまま、それも大量にプロデュースするというコンセプトは現在のAKB48にも踏襲されている。
このアイドルという商品を、どうやってファン=消費者につくられたもの「ではない」と感じさせるのか。この時、秋元康が取った手法は、オーディションの過程をテレビ番組で公開するというものだ。適度に楽屋裏を見せる事によってリアリティを演出する手法といえる。
しかし、インターネットが代表する双方向的なメディアが出現した現代において、こうした手法はほぼその威力を失っている。適度に楽屋を見せるよりも、実際に受け手が参加できる、マスメディアを介さずに直接ファンに見せる事の方が、圧倒的にリアリティを確保する事ができる。AKB48の最大のコンセプト「会いに行けるアイドル」の本質はここにある。
マスメディアに依存しないアイドルを成立させるためには、膨大な資金力を背景にした専用劇場でのほぼ毎日の公演がどうしても必要だった。普通に考えれば、収容人数250人ほどの劇場をベースとした活動でブレイクするのは難しい。それを可能にしたのはインターネットだ。毎日劇場公演があり、毎週のように握手会があり、年に何度か楽曲のリリースがある。たとえマスメディアが相手にしなくても、現場に通ったファン達はその感想をインターネット上に毎日吐き出していく。その結果、AKB48のファンコミュニティは膨れ上がっていった。
AKB48はマスメディアに依存せずに、現場+ソーシャルメディアで国民的興行をなしえた最初の文化現象だと考えられる。
情報社会においてはテキスト、音声、映像などの情報は基本的に複製が可能なため、供給過多の市場を形成する。その結果、情報そのものの値段は低下し、相対的にコミュニケーション(体験)の価値が上昇する。そのためAKB48は楽曲ではなく、握手を売るのだ。こうしたメンバーとの日々の交流は、音楽、ゲーム、テレビバラエティなどをファンが消費する際に独自の文脈を与える。あの時握手会でこんな話をしていた彼女が、ここではこう振る舞っているという情報が付与される事で、ファンは半ば独自の体験として消費できる事になる。
著者 宇野 常寛
1978年生まれ。評論家 企画ユニット「第二次惑星開発委員会」主宰 カルチャー総合誌「PLANETS」編集長 大学在学中の2002年2月頃に友人らとともにウェブサイト「惑星開発委員会」を立ち上げ、オタク系文化などのポップカルチャー批評を行う。「惑星開発委員会」は1年ほどしてメンバーの卒業などからいったん解散するが、大学卒業後、会社員をしながら2005年に「第二次惑星開発委員会」を立ち上げ、2005年12月にミニコミ誌『PLANETS』を発刊。 2008年に刊行されたデビュー作『ゼロ年代の想像力』は、現代の文化動向を日本思想史上に位置付け総括するものとして高く評価された。 「思想地図 vol.4」、「朝日ジャーナル 日本破壊計画」など思想誌、批評誌に参画。 2011年4月より東京大学教養学部(駒場キャンパス)にて自治会自主ゼミ「現代文化論」を担当。
日本経済新聞 |
週刊 東洋経済 2013年 4/6号 [雑誌] |
PRESIDENT (プレジデント) 2013年 4/29号 [雑誌] |
章名 | 開始 | 目安 | 重要度 |
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序章 〈夜の世界〉から〈昼の世界〉へ | p.7 | 11分 | |
論点1 クール・ジャパノロジーの二段階論――集合知と日本的想像力 | p.27 | 8分 | |
論点2 地理と文化のあたらしい関係――東京とインターネット | p.41 | 12分 | |
論点3 音楽消費とコンテンツの「価値」 | p.61 | 7分 | |
論点4 情報化とテキスト・コミュニケーションのゆくえ | p.73 | 11分 | |
論点5 ファンタジーの作用する場所 | p.91 | 12分 | |
論点6 日本文化最大の論点 | p.111 | 30分 | |
終章 〈夜の世界〉から〈昼の世界〉を変えていくために | p.161 | 7分 | |
あとがき | p.173 | 1分 |