イノベーション産業が雇用を生み出す
現代社会では、雇用の大多数を地域レベルのサービス業が占めている。これらはサービスを輸出できない。対して、イノベーション産業の雇用のほとんどが輸出可能である。大いなるパラドックスは、雇用の大半は非貿易部門が占めているのに、そうした産業が国の経済的繁栄の牽引役になりえない事だ。経済の繁栄は、貿易部門のイノベーションにかかっている。
イノベーション産業の新たな雇用が生まれると、同じ都市で非貿易部門の雇用も作り出される。科学者の雇用が増えれば、地域のサービス業に対するニーズが高まる。その結果、タクシー運転手や家政婦、大工、美容師などの雇用も増える。イノベーション産業は労働市場に占める割合こそわずかだが、それよりはるかに多くの雇用を地域に生み出し、地域経済のあり方を決定づけている。
興味深いのは、貿易部門の産業で労働者の生産性が高まると、その産業だけでなく、他の産業でも労働者の賃金水準が高まる傾向がある事だ。特にハイテク産業の乗数効果は大きい。これはハイテク企業で働く人が高給取りのため、地元に落とす金が多く、地域の雇用創出への貢献が大きいためである。さらには、この分野の企業は互いに寄り集まる傾向が強い。都市にハイテク企業が1社生まれると、将来、さらに多くのハイテク企業が生まれる可能性が高い。その結果、地元に生まれるサービス関連の雇用も増える。
年収は住むところで決まる
イノベーション関連の仕事は、多くの場合、既存の仕事にとって代わっているに過ぎない。オンライン旅行会社が社会的に価値を生み出した事は間違いないが、一方で閉鎖に追い込まれた旅行代理店は数知れない。
問題は雇用の消滅が幅広い地域で起きるのに対し、雇用の創出がいくつかの地域に集中する事だ。オンライン旅行会社やネットフリックスのケースで言えば、アメリカのほとんどの都市で雇用が失われたが、雇用が増えた地域は、シアトル、ニューヨークなどの一握りの都市に限られていた。成功している都市は、イノベーション能力に富んだ企業と人材が集まり続け、一層強みを発揮するが、敗者はますます弱体化していく。
地域の人的資本の充実度とその地域の賃金水準の間には、強い結びつきがある。その理由は3つ。
①相互補完性:高技能の働き手が増えると、それ以外の労働者の生産性も高まる
②テクノロジー導入の促進:新しい高度なテクノロジーが導入しやすくなる
③人的資本の外部性:高技能の働き手の知識が伝播する
今日、個人の給料の金額や地域の給料水準に大きな影響を及ぼすのは物的資本よりも人的資本である。教育レベルの高い住民が多いと、労働者全体の生産性も向上し、その結果、学歴の低い人の給料も高くなる。