「味の手帖」編集顧問で、食べ歩き歴30年の著者が、酒場で学んだ様々な教訓を紹介している一冊。銘店20数軒を厳選して、それぞれのお店の素晴らしさを伝えている。
■始めたら最後までやり抜く
銀座「本店浜作」は、今でこそ当たり前になった「板前割烹」というスタイルを、初めて導入した店である。大正13年、大阪の新町で創業をした。その頃の料理屋と言えば、板前が数十人もいる大料亭が主で、料理は調理場で作り、それを仲居さんが部屋まで運ぶというスタイルしかなかった。しかし「浜作」は、カウンターのオープンキッチンをつくり、お客さんの注文に合わせて目の前で料理を作って出した。この新しい「板前割烹」というスタイルが受けた。その後、昭和3年に銀座に進出し、以来88年間盛況を誇っている。
この店に来る人達には、料理だけでなく、94歳になる大女将の笑顔に会いに来る目的がある。「どんなお仕事にも、辛抱はついて回る。辛抱やめたらあきませんね。続けていくことよね。そうしたらいつの間にか90を越えました」と。継続は力なりとよく言われるが、その裏にある辛抱の意味を知る人は少ない。辛抱への感謝を携えている人も少ない。大女将の笑顔に、多くの人が魅了されるのは、その奥底に辛抱への感謝が流れているからに他ならない。
■基本を守りつつ新しさも加える
創業大正14年。「シンスケ」は学者や文士など粋人達に長く愛されてきた日本を代表する居酒屋である。客のほとんどが40代以上で、酔いすぎる事なく、大声を出す事もなく、整然と飲んでいる。
「正一合の店 シンスケ」とあるのは、日本酒を正しく一合量り売りしているという意味。関東大震災前までは酒屋だった。それゆえ独特のフォルムを持つ店の徳利は、一合きっかり入る特注品である。酒は創業以来、秋田の「両関」のみで、樽酒、純米酒、本醸造を、冷やか燗で楽しめる。
カウンターの正面上に張り出された白短冊の品書きは、代々受け継がれてきたもので、いずれも酒飲みのツボを心得た肴ばかりである。近年、四代目が加わるようになってから、少しずつ新しいメニューが増えてきた。「鶏もつのウースターソース煮」は、元々二代目夫人のおばあちゃんが作ってくれた味。そこに現代の調理科学を当てはめて、油を使わず低温調理している。
「これ見よがしに、新しく変える事には違和感がある。先代までが積み重ねた仕事を整え、歪な部分があれば正し、足りない部分があれば上乗せするのが次世代の仕事だと思っている」
四代目が店を継いでまず取り組んだのは、これまで店で出してきた数々のレシピを、味付けから食感、酒との相性まで再検証すること。そして、時代に合わせた調整が水面下で行われた。
「非日常のハレ場たるレストランと違って、酒場は日常的に訪れるケの空間。酒肴は奇をてらわず、あくまで見た目ふつうな定番がいい。そこに智恵と技術を込めるのが我々の仕事だと思っている」
古い料理をどこか新鮮に、新しい料理はどこか懐かしく、メニューの中にすっと溶け込んでいる。
「世の『完成されたもの』があるとしたら、時が経過しても古びないものだと思う。言い換えると、常に今現在において受け入れられ続けること。目標は『方丈記』であり、『いちご大福』である」
伝統を守る、老舗の味を引き継いでいくという事は、かたくなに安住することではない。変えない決意と変える勇気のバランスを取りながら、温故知新を考え続ける事なのかもしれない。
著者 マッキー 牧元
1955年生まれ。「味の手帖」編集顧問 タベアルキスト、ポテトサラダ学会会長。日々旺盛に飲み食べ歩き、雑誌、ラジオ、テレビなどで妥協のない真の食情報を発信。著書に『間違いだらけの鍋奉行』『ポテサラ酒場』『東京・食のお作法』など
帯 ライブドア元代表取締役 堀江 貴文 |
週刊ダイヤモンド 2016年 8/27 号 [雑誌] (勝者のAI戦略) |
章名 | 開始 | 目安 | 重要度 |
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はじめに | p.6 | 2分 | |
第一章 働き方の極意は、名物女将から盗め | p.9 | 29分 | |
第二章 出世の極意は、いい常連から盗め | p.67 | 35分 | |
第三章 交渉の極意は、繁盛店から盗め | p.137 | 24分 | |
第四章 飲まずに盗め~立ち食いそば編~ | p.185 | 7分 | |
おわりに | p.198 | 2分 |