人間はどのように社会性を発達させてきたのか。生物学の権威が、ヒトの進化の歴史とこれからについて語った一冊。
■人間の高度な社会行動の起源
生物学者は、人間の高度な社会行動の生物学的起源が、動物界の別のところで起きているものに似通っている点に気付いた。昆虫から哺乳類まで無数の動物の種に関する比較研究で、最も複雑な社会は真社会性から生まれたと結論づけた。真社会性とは大まかに言えば、「本当の」社会的な状態だ。真社会性を持つ集団のメンバーは、数世代を通して子育てをする。彼らはまた分業をして、一部の個体が自分自身の繁殖の一部を犠牲にして、他のメンバーの「繁殖成功度」を増やすようにしている。
真社会性は極めて稀だ。過去四億年に進化を遂げた陸生動物の系統は無数にあるが、そのうち真社会性が出現したのは、これまでに昆虫、海洋性甲殻類、地中生齧歯類の19回のみ。人類を入れて20回だ。さらに真社会性の種が生命の歴史に登場したのは、かなり遅かった。今から3億5000万年から2億5000万年前には真社会性の発生は一度もなかったようだ。
真社会性級の高度な社会的行動は、一旦実現すると、生態学的に大きな成功を収めた。動物の19の独立した系統のうち、昆虫の中のわずか2種、アリとシロアリは、現存する既知の昆虫100万種の中で2万種にも満たないが、体重では世界の昆虫の半分以上を占めている。
生物進化の過程における自然選択の単位は個体でも集団でもなく、遺伝子である。自然選択は遺伝子によって決まっている形質をターゲットにする。そうした形質は本質的に個別のもので、集団の内部もしくは外部の個体間の競争において選択される可能性もある。あるいは本質的に集団内の他のメンバーとの社会的相互作用があり、集団間の競争によって選択される可能性もある。非協力的でコミュニケーション不足の個体ばかりの集団は、よりまとまりのある集団に敗れる。敗者の遺伝子は何世代もかけて減少していく。こうした集団選択の結果は、人間の社会にも現れている。
マルチレベル選択は、集団間の競争が強力な役割を果たすこともあって、人間の場合も含めて高度な社会的行動を生む主要因になる。
こうした個体レベルの選択と集団レベルの選択の間では葛藤が生じた。一方では同じ集団内の個体同士が競争し、もう一方では集団同士が競争した。集団レベルの選択という要因は集団内のメンバー全員の利他主義と協力を促した。その結果、集団全体に生れながらの道徳性と良心や名誉という意識が備わった。
人間の創造性の大部分は個体レベルと集団レベルの自然選択の間の不可避かつ必然的な葛藤から生じた。
ハーバード大学 名誉教授 ハーバード大学自然史博物館 名誉学芸員 世界有数の生物学者。2つの科学分野(島嶼生物地理学と社会生物学)と、自然科学と人文科学を統合する3つの概念(バイオフィリア、生物多様性、コンシリエンス)をつくり上げ、地球の生物多様性研究の大きな技術的進歩に貢献した功績で知られる。 アメリカ国家科学賞、スウェーデン王立科学アカデミーが授与するクラフォード賞、日本の国際生物学賞、ノンフィクションで2度のピューリッツァー賞、イタリアの国際ノニーノ賞、日本のコスモス国際賞など、科学および文芸での受賞歴は100を超える。
日本経済新聞 サイエンスライター 内田 麻理香 |
章名 | 開始 | 目安 | 重要度 |
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第1章 意味の意味するもの | p.7 | 4分 | |
第2章 人間という種の謎を解く | p.13 | 6分 | |
第3章 進化する内なる葛藤 | p.23 | 5分 | |
第4章 啓蒙主義の復活 | p.33 | 10分 | |
第5章 人文科学の不可欠さ | p.49 | 5分 | |
第6章 社会的進化の推進力 | p.57 | 9分 | |
第7章 フェロモンに惑わされて | p.75 | 8分 | |
第8章 超個体 | p.89 | 6分 | |
第9章 なぜ微生物が宇宙を支配するのか | p.99 | 6分 | |
第10章 ETの肖像 | p.109 | 8分 | |
第11章 生物多様性の崩壊 | p.123 | 5分 | |
第12章 本能 | p.135 | 7分 | |
第13章 宗教 | p.147 | 8分 | |
第14章 自由意志 | p.161 | 8分 | |
第15章 宇宙で孤独に、自由に | p.177 | 10分 |
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