3つの制約のバランスをとる
重なり合うイノベーションの空間のもう1つの見方として「制約」がある。制約がなければ、デザインは生まれえない。最良のデザインは極めて厳しい制約の中で生まれることが多い。相反する様々な制約を喜んで受け入れることこそ、デザイン思考の基本と言える。制約は、成功するアイデアの3つの重なり合う条件と照らし合わせると理解しやすい。
①技術的実現性:現在または遠くない将来、技術的に実現できるか
②経済的実現性:持続可能なビジネスモデルの一部になりそうか
③有用性:人々にとって合理的で役立つかどうか
有能なデザイナーならこれら3つの制約をすべて解決しようとするが、デザイン思考家はこの3つのバランスを取ろうとする。デザインチームは、この3つの考慮事項を何度も行き来するが、一時的な要求や人為的に操作された要求ではなく、基本的な人間のニーズに重点を置く。
成功するデザイン・プログラム3つの要素
デザイナーの仕事は「ニーズを需要に変える」ことだ。人間の抱える基本的な問題とは、人間は不便な状況に適応するのに長けているということだ。そのため、自分の不便な状況に気付いていない場合も多い。そのため、単に人々に望みを尋ねるだけでのフォーカス・グループやアンケートといった従来の手法では、めったに重要な洞察を得られない。
デザイン思考家の仕事は、人々が自分でさえ気付いていない内なるニーズを明らかにする手助けを行うことだ。そのためには3つの要素が必要である。
①洞察:他者の生活から学び取る
優れた出発点は、現場におもむき、日常生活をどうやり繰りしているかを実際に観察することだ。
②観察:人々のしないことに目を向け、言わないことに耳を傾ける
観察で重要なのは量より質だ。どういう判断を下すかが、得られる結果に大きな影響を及ぼすこともある。釣鐘曲線の中央に注目するだけでは、既知の事実を再確認するにすぎず、奇抜で意外な事実を発見できることは少ない。奇抜で意外な洞察を得るには、釣鐘の末端に位置する人々に注目する必要がある。そこにこそ、異なる消費習慣を持つ「極端な利用者」が潜んでいるからだ。
③共感:他人の身になる
調査が終わって手元に残ったのが、メモや写真の山のみといったことにならないように、観察対象の人々と根本的なレベルでつながり合う必要がある。共感は、人々を実験用のラットや標準偏差とは別物として考える心理的習慣である。私たちが他者の生活を「参考」にして新たなアイデアを生み出す際に、まず理解しなければならないのは、一見すると説明不能な人々の行動が、厄介で複雑で矛盾した世界に対処するためのその人なりの戦略であるという点だ。