細胞農業の登場
次なる食の革命と期待をかきたてるのが細胞農業だ。細胞農業とは、動物には手を触れず、広大な農地をより自然な生息地として動物たちに返しつつ、本物の肉をはじめとした様々な畜産品を研究室で生産する手法だ。学問と医学の分野で開発された技術を利用して、ほんの少量採取した動物の筋細胞から生体外で筋組織をつくるのだ。現在、複数のスタートアップが、この技術によって商品の開発を進めている。さらには、動物の幹細胞に完全に見切りをつけて、牛乳、鶏卵、レザー、ゼラチンを分子レベルから生産しているスタートアップもある。これらの製品はどれも、これまでの畜産品と実質的に同じ本物だ。但し、生産過程には、全く動物が使われていない。
植物由来タンパクによる革命も、有望視されている。こちらは細胞農業よりかなり先行していて、植物由来のフェイクミートなど多数の商品が既に市場に出回っている。だが、細胞農業はそれと違う。各社が実験室で培養している製品は、肉、牛乳、卵の代替品ではなく、正真正銘の畜産品だ。
医療分野の研究室では何年も前から、実験や移植を目的に、本物のヒト組織の培養が行われている。従来医療分野で広く使われていたこの技術を畜産物の生産に応用するのが、いわゆる「第2の家畜化」だ。
細胞農業の商用化への道はまだ遠い
培養牛肉の生産と従来の牛肉生産方法とを比較すると、必要な資源の量は培養の方がエネルギーにして最大45%、土地の面積で99%、水量で96%少なくて済む。細胞農産品を商業化するためにどんな技術がこれから開発されるかは不透明だが、動物を飼育するより畜産品を培養する方が、確実に資源効率が良い。
クリーンな畜産物は限定的にではあっても、かなり近い将来市場に出回るだろう。だが、競争力のある価格で販売できる商品の生産にはまだ何年もかかるだろう。
細胞農業を行うスタートアップの使っている技術の多くは、元々医療目的で開発されたものであり、食料生産ではない。そのため、規模にもコストにもかなりの制約がある。例えば、今より良い足場(周囲に筋肉が増殖するための骨)を見つける必要がある。現在使われている足場は高価な上、挽肉サイズの肉をつくるのが精一杯だ。つまり、ミートボールやハンバーグはできても、鶏の胸肉やステーキは作れない。また、量産が可能な大型のバイオリアクター(発酵槽)も開発する必要があるが、そんなものは現時点ではどこにも存在しない。
そして重大な問題は、どれほど高品質でも、どれほど安くても、そもそも消費者が培養肉を食べたがるかという問題がある。